【はじめに】
人工呼吸器につながれた患者が、安静にベッドで眠っている。
モニターの波形は落ち着き、警報は鳴っていない。
胸部にはふんわりとシーツがかけられ、呼吸しているのかどうかさえ、パッと見ではわからない。
人工呼吸が安定しているとき、呼吸筋の動きは驚くほど小さくなる。
呼吸を代行・補助されている状態では、胸郭や腹部の動きがほとんど見えないこともある。
波形に異常がないからといって、すべてが順調とは限らない。
身体は、モニターに映らない“わずかな変化”を確かに発している。
だからこそ、私たちには「どこを、どう視るか」という視点が求められる。
これは、人工呼吸管理におけるスタート地点。
視ることから、すべてが始まる。
【観察の基本】
● 呼吸数を「確認する」
まずは、呼吸数。
単に「数える」だけでなく、そのテンポ、リズム、呼吸間隔の“整い方”を確認する。
たとえ20回/分でも、浅く速くて換気できていないケースもあれば、
規則的に静かに20回呼吸しているケースもある。
呼吸数は「数字」ではなく、「換気のやりとりのテンポ」として捉えること。
● 呼吸のリズムと動き
胸郭と腹部は、通常同調して同じタイミングで同じ方向にに動く。
タイミングがずれていたり、どちらか一方が強く動いていたりすると、キケンのサインである。
- 胸だけが動く/腹だけが動く
- 吸気時に沈み込むような動き(逆腹式呼吸)
- 呼吸のたびに肩が上下する
動きが大きすぎるときは、自発呼吸の負担が高く、人工呼吸器の設定が“合っていない”可能性もある。
● 使用筋群の観察ポイント
- 顎の動き: しゃくりあげるような動きが呼吸に合わせて見られるか?
- 鎖骨のくぼみ: 吸気時に深くえぐれるような動きがあるときは、胸鎖乳突筋や斜角筋の活動が強い証拠。
- 広背筋の動き: 通常は外側に小さな動きだが、努力呼吸時には肩甲骨の下が上下に動いて見えることがある。
広背筋に注目する観察視点は、教科書にはあまり載っていません。
それでも私は、人工呼吸器をつけた患者さんの背中が上下に動いているのを見たとき、
「これは限界が近いサインかもしれない」と感じるようになりました。
特に、NPPV(非侵襲的陽圧換気)を導入する際には、このような呼気筋の活動が強く表れることがあり、
広背筋の動きは“換気の限界”を知らせる重要なヒントになります。
私がハンズオンで指導する場面では、NPPV導入時に患者さんの背中に軽く触れながら、呼吸に伴う広背筋の動きを確認するように伝えています。
このアプローチは、患者にとっての安心感につながるだけでなく、呼吸仕事量が実際に軽減しているかどうかを肌で感じる大切な方法です。

【まとめ】
人工呼吸中の患者は、波形の奥で、身体で呼吸をしている。
その呼吸を“視る”ためには、目の前の動きを、注意深く、丁寧に観察することが必要だ。
人工呼吸管理の第一歩は、「モニターを見ないこと」ではない。
「まず、患者を視ること」から始めよう
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