はじめに:酸素を投与しても、SpO₂が上がらない?
新型コロナウイルス(COVID-19)の重症患者では、「酸素をいくら投与してもSpO₂が改善しない」――そんな症例が報告されました。
もしかすると、みなさんの中にも臨床やニュースでそのような例を見聞きした人がいるかもしれません。
通常、低酸素状態には酸素投与である程度の改善が見られますが、それでも良くならないというケースには、“別の理由”が隠れています。
それが、酸素化障害(oxygenation failure)と呼ばれる病態です。
この章では、酸素化障害を引き起こす代表的な3つの原因――
換気血流比(V/Q比)の不均等、シャント、拡散障害について解説します。
① 換気血流比(V/Q比)不均等分布
→ 最もよく見られるタイプの酸素化障害
肺では「換気(空気の流れ)」と「血流(血液の流れ)」のバランスが取れていてはじめて、ガス交換がうまくいきます。
しかし、肺の一部でこのバランスが崩れると、「空気は来ているのに血液が来ない」「血液は来ているのに空気が届かない」などの状態が生じます。これが V/Qミスマッチです。
主な原因疾患:
・肺炎
・COPD、喘息
・心不全
・肺血栓塞栓症
V/Q不均等では、FiO₂(吸入酸素濃度)を上げることでPaO₂の改善が見込めるのが特徴です。
② シャント(右→左シャント)
→ 酸素が届かない肺胞を血液が素通りしてしまう
シャントとは、酸素が肺胞まで届いていない、つまり換気されていない部分を血液が通過してしまう状態です。
このため、FiO₂をいくら上げてもSpO₂やPaO₂はほとんど改善しません。
主な原因疾患:
・無気肺
・肺水腫(重症肺炎など)
・肺動静脈瘻
・心房中隔欠損症、心室中隔欠損症などの先天性心疾患
③ 拡散障害
→ 肺胞と血管のあいだに障壁がある状態
拡散障害は、肺胞に酸素は届いているのに、それが血液に移動しにくい状態です。
肺胞壁が厚くなっていたり、肺組織が破壊されていたりすることが原因です。
主な原因疾患:
・間質性肺炎(特発性、膠原病関連など)
・肺水腫(心不全)
・肺気腫、肺高血圧症
・貧血、CO中毒(ヘモグロビン側の問題)
軽度の拡散障害では安静時に目立ちませんが、運動時に低酸素血症が目立つことがあります。
まとめ:3つの原因を見分けるポイント
メカニズム | FiO₂への反応 | 主な疾患例 |
---|---|---|
V/Q不均等 | ◎ よく反応 | 肺炎、COPD、心不全など |
シャント | × 効果なし | 無気肺、肺水腫、心疾患など |
拡散障害 | △ 限定的 | 間質性肺炎、肺水腫、肺高血圧症など |
おわりに:評価する視点を持とう
酸素を投与しても効果が出ないとき、「どうしてだろう?」と立ち止まれることが大切です。
酸素化障害のメカニズムを知っていれば、次の判断(FiO₂の上げ方、PEEPの付加、体位ドレナージなど)にもつながります。
次回は、酸素化を数値で評価する方法(P/F比や酸素解離曲線など)について紹介します。
🔙 人工呼吸器Web教科書 目次に戻る | 教科書トップ | サイトトップ